Track.2 僕らの逢瀬

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「私は、美しく死にたい」  その煙が、陽圧の無菌衣の中へと微かに香ってくる。ヤニの匂いとメンソール、ラベンダーの香りも混じっている。そして、彼女自身の匂いも。――少し、頭がぼうっとしそうになった。  彼女が口にした言葉には、聞き覚えがあった。 「“VEIL OFF”の歌詞にあったよね」 「そうっ」  ベストアルバムにも収録されている、KAORIのラストシングル。出かける前に部屋で爆音で聞いていた曲だ。歌詞では、無菌衣の中であらゆる感染の脅威から守られた世界を、“過保護な世界”と歌っていた。  その中で夢見たものは、海を見て死ぬこと。 「――あれはね。彼女が先天性免疫不全と決別するためのレクイエムだったと思うの。彼女は、お金を払って普通の人間になることを選んだ。それと同時に、普通じゃない彼女は死んじゃったの」  沿岸部には検問があって、僕らは高額のパスを買わなければ、そこを通過できないようになっている。そんなに裕福な生活をしていない僕には縁遠い話だ。 「壁の向こう側には清浄度を保つ設備がないからね。私たちには特殊な警備がつくわ。その費用としてパスの購入が求められる。彼女も夢を見てたのね、無菌衣を脱いで海を見ることを」 「でも、今の彼女はそれができる」 「彼女が言った美しいという言葉は、容姿もだけど、清浄度の保たれた無菌衣に守られた身体のことも暗喩していたんじゃないかな。そうすると、“この身体が穢れを知る前”にというのも、理解できる」  カンナの解釈に僕は、ハッとさせられた。タイトルにもあった“VEIL”というのは無菌衣の俗称のようなものだ。“OFF”、それを脱ぎ捨てる。それは、普通の人間になるという決断をしなかったKAORIの望む最期を指していた。 「私たちも、この無菌衣を脱いでも、感染さえしなければ生き永らえていられる。――ただ、そのリスクが異様に高いだけ。そして、それを社会が許さないだけ。でも、私たちが感じている壁は結局は、感じているに過ぎない」  ようやく、KAORIが最後のインタビューで発した言葉の意が、汲み取れた気がする。 “――私はきっと強い人間ではないと思います”
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