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Track.1 僕らの始まり
しゅーっ。フィルターを通して空気を吸う。
こーっ。吐いた息は再び、フィルターを通して外へ出る。
青い青い海の中。褐色のサンゴと色とりどりの魚たちに囲まれながら、ごぼごぼと泡を出すダイバーのような呼吸音。――でも僕は泳いでいない。僕はきっと、母なる海の冷たさも温かさも知ることはないのだろう。
僕が自分以外の体温を知らないように。
僕らには特別な性教育が与えられる。
夢も希望もない内容だ。――僕らの中にも男と女がいる。ぱっと見でそれを見分けるのは難しい。僕らは性差のない格好を強いられている。真っ白でてらてらと光沢を放つのは、内部の機密性を保つチタンを練りこんだ無菌衣。それをつま先から、指先、頭まですっぽりとかぶる。身体の凹凸も、逞しい筋肉も、長く美しい髪も、全て奪われて僕らは記号化される。
僕らの子孫は弱い。
僕らの精子や卵子には、悪い遺伝子が入っている。
それが片親にでも含まれていたら、その子孫は僕らと同じ生活を強いられる。それでも子孫を残したければ、精子と卵子を体外で混ぜるより他はない。――配偶者は触れ合いもせず、隔離されたままでだ。
僕らは、あらゆる菌から隔離されなければいけない。
だが皮肉にも、僕らは害悪遺伝子を持つものとして、重篤な伝染病の保菌者のごとく、腫物の扱いを受ける。
――これは、愛を歌えない先天性免疫不全症患者が歌う、愛の物語。
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