Chapter1『思念素の世界の少年達』

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「えっとー、これには事情があってだな……」 「黙れ」  神谷はそう言い、浪川の手を力強く掴んだ。  跡が残りそうなほど、腕を強く握りしめられる。 「ちょ、ちょっと離せって!」  本格的に追い込まれた浪川は、すぐさま手を動かして無理やり引き剥がそうとした。単純な力なら比較的筋肉質な浪川の方が優っているのは考えるまでもない。  しかし浪川より速く神谷は動いた。流れるように浪川の背後に周り、浪川が動かした方向に更に手を押し付け、関節にダメージを与える。  後ろに引いた腕は、さらに後ろに引っ張られ、鈍痛が走った。 「痛っ!」  逃げようとしたら、逆に追い詰められてしまった。無駄のない動で捌き、もう片方の手もしっかりと握りしめた。  ギリギリの所で怒りを抑えた神谷は、脅迫するように浪川の耳元まで口を近づけた。  本来目に見えないはずの思念素の光が、じわりじわりと神谷の手の周囲を、暗闇の夜光塗料のような朧げな光量で発光していた。  『プロテクション』が無ければ腕をへし折っていたかもしれない。  感情を持つ生命体ならば、どのような生物でも精神内に思念素スピリウムを有しており、その絶対量は遺伝子によって、もしくはその遺伝子を書き換える現象(・・・・・・・・・・・・・)によって個別に可変する。  神谷健吾は、体内に常人よりも多量な思念素を保有する能力者と呼ばれる人間だ。 思念素は、人の感情によって思念素エネルギーと呼ばれるエネルギーを発生させる。そのエネルギーは思念式などを通して変換しない限りでは、運動エネルギーと光エネルギーとして散っていく。  神谷の力が増しているのは、その逃げた運動エネルギーが、無意識に彼の腕に負荷をかけているからだ。  能力者(スピリッター)──思念素の発見とほぼ同時に判明した、思念素エネルギーを利用した異能を持つ人間。  運動、電気、重力、光、音、熱──この世で起こりうる様々な現象を、自身の思念素エネルギーのみで起こす、旧科学時代に『超能力者』と呼ばれていた存在である。 「……野蛮な真似はしない。だが少し同行願おう」 「は、はい…」 「ちょ……ちょっとお兄ちゃん、待ってよ~」  緊迫した空気をそのままに、神谷は浪川を連行していった。  神谷の冷たい表情と浪川の顔面蒼白具合から、警察に連行される犯罪者を彷彿とさせる光景だった。
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