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Chapter4『痕跡を辿って』(鹿苑寺鈴)
「東雲さん」
いつもの重い声では無い、気さくなトーンで兵頭が東雲に話しかける。
オレンジ色のガラスの自動ドアをくぐると、本独特の匂いが辺り一面に立ち込める図書室だ。
校舎ビルの西側、五階にあるこの図書室は、蔵書数こそ少ないものの、本の質そのものは都内の区立図書館に勝るとも劣らない。
参考書・小説・エッセイ・新聞・雑誌が、丈の高い本棚の群れにぎっしりと詰め込まれ、奥まで続いている様子は、本好きにとっては心落ち着く原風景だろう。
そしてその本棚よりも手前の貸し出し口に、図書委員兼生徒総本部員の東雲未来は、小さな背丈に合わせた高めの椅子に座っている。
「……どうかしましたか?」
読んでいた文庫の小説に栞を挟んで兵頭に向き直る。
受験シーズンや定期テストの時期は図書室で勉強する生徒が多いが、今は時期が違うからか、東雲は暇を持て余していた。
「そろそろ時間だ」
とだけ言うと、東雲もその意味を汲み取り、席から立った。
「緋夏能川霊園……ですね」
そう呟く唇は、少しだけ震えていた。
それを鎮めるように、兵頭は優しく東雲を見つめる。
「何か厄介ごとがあれば僕が引き受ける。君が心配する必要はない」
「……お気遣い感謝します」
兵頭の言葉で、少しだけ胸を締め付ける感情が緩み、東雲は安心感を覚えた。
東雲未来は、怖かった。
敵も怖い。
自分も怖い。
他人も怖い。
この先が怖い。
常に何かに怯え、逃げるようにどこかに安心を求めて生きてきた。
──少しは変われるだろうか。
今はまだ、兵頭や加賀のような偉大な先輩達の後ろ盾を借りているようなものだが……。
すぐにネガティブになってしまう自分を心の中で責め、東雲は兵頭の後に続いた。
歩を進める時、二人の間に空く空白が、畏敬の念からくるものなのか、自責の念からくるものなのか。
それは、東雲自身にもわからない。
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