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鈴木が行方不明になった頃、殆どの社員が覚悟を決めて泳ぎ始めた。
海に入らず棄権する社員も多く、寒中水泳の過酷さが窺える。
「私の出番ね」
「田中、大丈夫か? 女性の参加者は殆ど棄権してるぞ」
「大丈夫です。実は、高校生の時は水泳部だったんですよ」
いきなりのカミングアウトに、佐藤と高橋は驚きの表情を見せた。
「そうか……期待出来るな。でも、無理はするなよ。棄権も視野に入れるべきだ」
「そうですよ。女性は体を冷やしちゃいけませんからね。棄権しても、誰も文句は言いません」
「そう? 高校の時の競泳水着だから、ちょっとサイズが小さくて恥ずかしいのよね。ただでさえ競泳水着って際どいから、やっぱり棄権しようかな……」
……
……
サイズが小さくて、際どい競泳水着? 防寒具の下には、そんなお宝が眠っているのか?
佐藤と高橋はアイコンタクトで会話を始めた。
『佐藤主任、田中先輩の際どい水着姿を見たいです』
『ああ、俺もだ』
二人は熱い握手を交わして、田中の防寒着を睨み付ける。
「しかし、参加する事に意義があるな」
「えっ? 棄権も視野にって……」
「田中先輩の熱い想い、僕の心に届きました。その雄姿を拝見させて頂きます」
「えっ? えっ? だから、その……棄権しようかなって……」
逃さない。
神が与えたチャンスを無駄にしてなるものか。
「まあ、取り敢えず防寒具を脱いでみては?」
佐藤は勝負に出た。その勇気を目の当たりにした高橋は、心の中で佐藤を尊敬して崇める。
その時、田中が思いも寄らないアクションを起こした。
「はっ……はっ……くちゅん」
……
……
クシャミなのか?
山田がいなくて良かった。小動物の様な女性が好みのあいつがいたら、恐らく発狂していたに違いない。
そして、近くにいた総務課の山本さんが声を掛けてきた。
「田中さん、風邪引いた? 無理せず棄権しなよ」
「山本さん」
「向こうのテントで温かいスープを配ってるわ。行きましょう」
「はい」
田中は水着姿を披露せずに去って行く。
残された佐藤と高橋は、水平線の彼方に田中の水着姿を思い浮かべて涙した。
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