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とうとう、佐藤と高橋だけが浜辺に取り残されてしまった。既に先頭集団は折り返し地点から戻り始めている。
「ここからの逆転劇は難しいな。高橋、何か策はあるか?」
「お任せ下さい、と言いたいところですが……」
高橋は突然頭を下げ、目に涙を浮かべた。
「黙っていて、申し訳御座いません。何度も伝えようと思っていたのですが……実は……僕はカナヅチなんです。だから、その……棄権しようかなと……」
まさかのカミングアウトだ。怒られると思い、殴られる覚悟で歯を食いしばった。そんな高橋に佐藤は微塵の怒りも見せず、後は任せろと言わんばかりの精悍な顔付きで答える。
「奇遇だな。私もだ」
……
……
「お前もかよっ!!! ……あっ、いえ、その……えっと、何で佐藤主任も泳げない事を隠していたのですか?」
「別に隠してなどいないぞ。我が知略を持ってすれば、窮地を覆す事など造作もない。だから言わなかっただけだ」
佐藤は防寒着を脱ぎ捨て、堂々とした態度で腕を組み、赤いフンドシを風に舞わせる。
「あっ、赤いフンドシ!?」
「伊藤課長が用意してくれたんだ」
自信満々の佐藤から目が離せなかった。伊藤課長も赤いフンドシなのかという疑問なんて、今はどうでもいい。
「そして、これを使う」
佐藤は自慢の肺活量を見せつけ、誰も思い付かなかった浮輪というアイテムに空気を吹き込んだ。
無駄に立派な肉体美。命を宿した浮輪と赤いフンドシ。そして、海を見つめる鋭い眼差し。
最初から諦めていた高橋は自らを恥じ、神々しくも感じる上司の背中を瞳に焼き付けた。
「行くぞ!」
佐藤は勢いよく海に飛び込み、必死に手足をバタつかせる。
十秒後。
佐藤は大きな波に飲まれ、浮輪だけが浜辺へと生還した。
「佐藤主任―――!!!」
高橋の声が遥か彼方まで響き渡る。
それに気付いた救護班が出動した。
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