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山田が行方不明になった頃、既に半数以上が泳ぎ始めていた。
「俺の出番ですね」
「大丈夫なのか?」
「チーム・メガネは頭だけじゃない。それを、お見せしましょう。高橋、俺の勝率を計算してみな」
鈴木はメガネを外して、白い歯を光らせる。
「分かりました。鈴木先輩は身体能力が高く、裸眼の視力でもボートを捉える事が出来ます。それに頭脳が加われば……出ました。勝率125%です」
「どうですか、佐藤主任。問題ありませんよね?」
杞憂だった。鈴木の勝利を疑うなど、心が弱っていたのかも知れない。佐藤は自分を戒め、鈴木を称賛した。
「任せたぞ、鈴木」
「了解!」
鈴木は防寒具を脱ぎ捨て、勢いよく海へと飛び込む。
山田と違って精密な計算は出来ないが、鈴木には自分の動きを最大限に活かせるルートが見えていた。
その泳ぎを止められる者など存在しない。気が付けば、鈴木の目は先頭集団を捉えていた。しかし、行く手を遮るが如く、大きな海藻の塊が道を塞いでいる。
「これしきの事で、俺の泳ぎは止められない」
鈴木は海藻を握り締め、力の限り遠くへ放り投げた。すると、突然目の前に光る物体が現れる。
「何をするんだね?」
「いっ、伊藤課長!? どうして……はっ! まっ、まさか……」
海藻だと思っていたのは、伊藤課長のカツラだった。
「あのカツラは高かったんだよ。鈴木君、ボーナス査定が楽しみだな」
「まっ、待てくれ、俺のボーナス!」
沖へと流されるカツラに向かって、鈴木は必死に泳ぎ続ける。やがて、山田と同じく水平線の彼方へと消えて行った。
「すずき―――!!!」
佐藤の声だけが虚しく響き渡る。
鈴木の笑顔を水平線に思い描き、チーム・メガネは静かに涙を流した。
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