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ふわり。
傘が、袋が宙を舞った。
それが宙に固定されて、ひたりと留まり、そして通行人すらも時を止める。
ロズリーヌが笑みを浮かべる。薔薇の如く、妖艶且つ棘のある少女には似つかわしくない美々たる魔性のかんばせ。
「御出で、猟犬。其処に居るのでしょう」
通行人の中で、一人だけ時を止めなかった男が無言で走り出す。人外に近い速度で近付く男に、ロズリーヌは笑みを投げかけ、片手をあげた。
眼前に迫る男。手にはナイフを持っている。
男がナイフを振り上げた、と。
ずしゃ。
ロズリーヌの嫋やかな腕の一振りで、男の片手が吹き飛んだ。
悲鳴をあげる事もしないで蹲る男の頭を踏んで、ころころとロズリーヌが笑う。
リュリュが近寄ってきて、男の足を軽く踏んだ。
ぼきり、と有り得ない方向に曲がった足を引いて、男は呻く。
「吸血鬼め。滅びよ! この化物……」
リュリュが虚ろの両目を見開いて、片手で男の喉笛を掴んで石畳に頭から叩きつける。男はぐったりとして動かなくなった。
「お姉様を化物呼ばわりだなんて! この屑ゴミが! お姉様、お姉様! こいつ殺して良いでしょ!?」
「お待ちなさい。死んだ血なんて飲めたものではないわ。空になるまで飲み干しましょう」
「じゃあ、頂きまー……」
「リュリュ、はしたなくってよ。晩餐はレストランでね。荷物持ちは任せたわ」
「はい、お姉様」
リュリュの指が円を描くと、空中の空間が歪み、その中に男は吸い込まれて行った。
「お姉様、今夜は荷物持ちをしたご褒美を下さいます?」
「あら、リュリュ、ご褒美には何が欲しいのかしら?」
「お姉様、分かっている癖に! 私恥ずかしいわ」
「ふふ、そう言うのが良いのでしょう。可愛い私の妹」
軽くリュリュの頬に頬を触れさせると、死人の体温が互いに紅潮して薔薇色に染まった。
ロズリーヌが時を進めると、袋や傘を持って、二人はホテルへと歩みを進めた。
「待って、お姉様。この荷物重いわ!」
「なら、たっぷりと食事が出来そうね。数日は生きているかしら」
現代の吸血鬼の少女達は、紅い夕暮れの道をゆったりと帰って行った。
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