アンバーの箱庭

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 目の前で頭を深々と下げる男に、テオドールは困った顔を隠せずにいた。 「いつもすみません!」 「陽平、いいから顔を上げてくれ……」  畳に擦り付けたのだろうか、彼の上げた額が少し赤くなっていた。申し訳なさそうに言う彼の少し薄い眉はハの字に垂れ下がっている。料理を運んできた店員が、彼の様子をチラリと見て、それからテオドールを伺い、関わり合いになるまいとそそくさとテーブルを後にする。 「だって、テオドールさん、男相手に毎日初恋の人のフリなんて」  ごめんなさい、と、再度頭を下げそうになるのを、テオドールは苦笑いをして制する。彼は全く謝るような立場ではなく、その責任感の強さに罪悪感すら湧く程だった。重ねて言えば、ここでこんな風に謝られるのは周りの視線が痛く、テオドールにとっては都合が悪い。  折角料理が目の前に並んでいるというのに、陽平は全く箸を付けるでもなくひたすらテオドールに謝っている。これでは自分も食べにくいから、と彼の前に焼き魚の乗った皿を勧める。 「いや、大地さんには昔お世話になったから、これ位は……陽平こそ大変だな。平平は元気か?」  自身も目の前にある白和えに箸を伸ばしながら尋ねた。 「爺ちゃんは元気ですよ。大地さんの家族も元気ですけど……大地さん、俺と貴方以外理解できないみたいで」  それも、わかってる訳じゃないんですけどね、と含みのある笑いに、テオドールもまた、口元を歪めるしかなかった。大地は、テオドールを初恋の人と呼び、親友の孫を、親友の名で呼ぶ。大地の家族も困り果て、見かねた平平家が大地を介護している状態だった。 「平平は、もう慣れたか」 「今は笑えてます」  陽平は、少しだけ眉を下げた。大地が陽平を平平と呼んだ日、大地には見えない場所で目を真っ赤に腫らした平平の姿を、彼も思い出したのだろうと思った。重苦しい気持ちが胸を埋めていく。口の中の食べ物をまるで砂のように感じ、テオドールは少しだけ眉を寄せた。 「でも、テオドールさんは誰と間違われてるんでしょうね」  陽平は、テオドールの曇った顔を晴らそうと、明るい声で冗談めかした。 「名前もテオドールさんの名前を呼びますし。でも、テオドールさん二十八でしょ? 初恋にはおかしいし」
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