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そう言って息を吐けば、彼の瞳が少しだけ光を受けて煌くように見える。実際は、大地が口を付けたカップに沿って視線が揺れた程度であり、それだって彼が指を解いて腕を汲んだからで、たいして嬉しそうな顔をした訳でもなく、まして微笑みをその顔に湛えた訳でもない。元から無愛想でほとんど感情を顔に出さない彼は、相変わらずむっつりと黙り込み、その腕を組むのみ。
しかし、出会った当時は淹れられなかった紅茶も、今や大地の好きな銘柄を、その風味を飛ばすことなく旨味を生かしきった淹れ方をしてくれる彼から、確かな愛情を感じずにいられようか。そう思っても、口にしてしまえば彼の心を無意味に傷つけるだけだと、大地は口を閉ざしている。
少しだけ開けられた窓から流れてくる風が頬を撫でる。風下にいる大地のもとに、すっきりとした男物の香水の香りが仄かに運ばれる。その香りは、彼の吸う煙草と、彼自身の香りと混ざって、大人の色気を漂わせていた。夜が彼の後ろからひたりひたりと歩いてきて、そっと首筋を撫でていくような、どこか感じる後ろめたさ。香水などの匂いものはさっぱり好きではなかったが、彼の香りに変わった途端、夜の愛撫にぞくりと背筋を震わせることになる。
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