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「テオドール」
愛しさを込めて名を呼べば、彼は伏せていた目を大地に合わせた。その切れ長、左目の目尻を彩る色彩。濃い青の刺青が目尻から額にかけてうねる。どこか炎を思わせる中心に揺れる瞳は対して静かな水面のように澄み渡る。しかし、いつもどこか凍てついている。その表面が割れてしまえば、氷の下、たゆたい固まることすら出来ずにいる冷たい水が溢れ出て、その頬を伝っていくだろう。その危うさたるや。
「綺麗だ」
「どうも」
口元が少しだけ歪んだ。彼のその痛みを堪えたような笑みを見て、大地は愛しいということは哀しいということなのだと、ほとほと困り果ててしまうのだった。何れ程愛していたとしても、彼のその氷を、暖かな色に溶かしていくことが出来ないという事を知っているが故に、大地もまた、なんとか口元を引き上げ、その顔を笑みの形に変えざるを得ない。
インターホンが鳴った。弾かれたようにテオドールの顔があがる。その目は安堵と、それでいてどこか深い諦念と恐れを抱いたような複雑な色を含んでいた。大地は、この一瞬があまり好きではなかった。
「……出てくる」
テオドールが鍵を外しに出る。外から、どこか聞き覚えのある声がする。
「おーい、帰るよ!」
大きな声が大地を呼ぶ。その声に、のろのろと立ち上がる。玄関には、見慣れた顔があり、大地は一番愛する時間の終わりに、眉尻を少しだけ下げた。
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