アンバーの箱庭

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「テオドール、お前が初恋なんだ」 「……とりあえず、茶でも飲むか?」  ふわりと香るのは、大地のお気に入りの紅茶。骨ばった指が丁寧にティーポットを傾け、カップに琥珀色の液体を注いでいく。その瞬間を見るのが大地は好きだった。そして、彼が大地の告白をはぐらかすのもまた日常の一部だった。溜息を吐いて、そっとその目が悲しみに暮れるのを、愛しさと哀しさに包まれながら見て見ぬ振りをする。そして、やんわりというのだ。 「……俺の初恋は、俺の宝物なんだ」  誰にも否定されまいと、自分の中で大事にされているものを、例え本人であろうと否定する行為を、大地は許すことはできない。それは、テオドールが決して認めはしないからこそ、余計に大地が守り抱きしめていかねばならないものだった。何も言わずに唇を引き結ぶテオドールの様子を見ながら、カップを傾ける。琥珀の海に沈んだ鳥がちらりと浮かび上がる。どこか、自分達に似ていると思った。ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香り。目の前に置かれたクッキー。 「食えよ」  甘い香りのするそれを摘むと、まだ温かった。口に含めば、ほろりと溶け、消えてしまう。美味しい、と呟くと、彼の目尻が少しだけ下がり、目が細められた。彼は、自分が作ったそれを食べない。甘いものが食べられない訳ではない。普通に好んでいた記憶があった。けれど彼はそれに手を伸ばすことなく、ただ大地がクッキーに手を伸ばし、紅茶を口にするのをぼんやりと眺めている。 「テオドール」  なんとはなしに、手にしたクッキーを彼の前に差し出す。彼は少し逡巡した後、その薄い唇をそこに寄せ、口を小さく開けてその綺麗な歯で、崩れないようにそっと噛んだ。  それを見届けた大地は、その手を離す。茶色い塊が彼の唇の中に消えていく。ちらりと覗いた赤い舌が、妙に色っぽく見えた。
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