《3》

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 兵卒たちがきびきびとした動きをしている。覇気に充ちた声があちらこちらで上がる。戦陣の雰囲気はやはり良いものだと忠高は思った。  すでに夜である。各所に篝が焚かれていて炎が揺れている。小豆坂の坂上に陣取れた事はとてつもなく大きな意味を持っていた。 これで守るも攻めるも敵より優位になったのだ。  今川、松平連合軍の総大将、太原雪斉(タイゲンセッサイ)は実に、機知に長けた男だった。織田軍とのぶつかり合いがこの小豆坂になるといち早く読み取り、坂上に軍を進めたのだ。今川義元も若い頃より太原雪斉に戦略を習っていて、いまだに頭が上がらないのだという。  忠高は地べたに座り込み、猪の毛で作った刷毛で滑り止めのヤニを槍の柄に塗りつけていた。その様子を食い入るような眼で弟の忠真が見つめている。 「槍はな、こうやって可愛がってやればやるほど、いくさ場でよく働いてくれるのだ、忠真」 「そういうものなのだな。だが、兄上。槍を可愛がるなんて言ったら、小夜殿がやきもちを焼くぞ」 忠真の眼が笑っていた。忠高は鼻で一笑し、ヤニを塗り続けた。 「よぉ、忠高」 言いながら寄ってきたのは、忠高と歳が近い、酒井忠次だった。忠高が21歳で忠次が22歳だ。昼間は布陣の準備作業に追われ、話をしていない。 「倅が産まれたらしいな。おめでとう、忠高」 「小夜の股から出てきてすぐの者が大声で泣いていた。なにやら、不思議な気分だったよ、忠次」
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