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忠真と二人で大樹に駆け寄る。槍は、幹の左側、人間の躰で言えば、心の臓の位置に突き刺さっていた。
忠高は槍を引き抜いた。
「いつ見ても兄上の投げ槍は凄いなぁ」
言いながら、忠真は樹の幹、左側に穿たれた大きな穴に手を触れている。
ここ数年、忠高の槍は毎回、大樹のほぼ同じ場所を貫いている。
「槍投げなど実戦ではほとんど役に立たん」
忠高は言った。
「槍投げだけではなく、槍のことなら兄上は何をやっても無敵ではないですか」
忠真が言う。
「この槍の腕前が鍋之助にも宿っておるのだとしたら、わくわくしてきますなぁ」
「鍋之助は今日産まれたばかりだぞ」
忠高は呆れ笑いを浮かべて、言った。
「兄上の子じゃ。きっと、兄上のように強い武士になるに違いない」
「わしを圧倒するくらいになるとよいのう」
「なりますとも。あの力強い泣き声を聞いたでしょう。あれは強くなりますよ」
忠高は空を見上げた。美しい夕焼け空だった。
待望の嫡男誕生から2日後、忠高は主君である松平広忠の命令で三河の小豆坂に布陣した。
尾張の織田信秀が岡崎城を攻め取らんと侵攻してきたのである。
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