《2》

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 家臣の誰かが妾腹(ショウフク)という言葉を口にした。 「誰だ」と言って、織田信広は床机(折り畳み式の椅子)を蹴倒して立ち上がり、陣中、居並ぶ家臣どもを睨みつけた。 信広の左腕に留まる鷹の雷王丸が大きな羽根を左右に広げ、高い声で鳴いた。家臣たちの表情に怯えの色が走る。 「誰が言ったと聞いておるのだ」 信広の声が荒ぶる。同調するように雷王丸が高く長い鳴き声をあげた。 家臣どもが窺い合うように互いの顔を見合っている。信広は地面に唾を吐いた。やはり、こいつらは微塵も信用できない。 信広がこの世で唯一信じる事ができる友は雷王丸だけである。信広は右手の指で雷王丸の頭を撫でた。 雷王丸は翔びたそうに羽根を動かした。 「おそれながら」と、進み出てきてから平伏したのは信広付きの家臣の中で最も年長の正木森次だった。 森次の右眼には眼帯が嵌まっている。過去に森次は信広に向かって妾腹と口走ったのだ。 森次本人はそんな事は言っていないと主張した。回りに居た人間も森次はそんな言葉は言っていないと口を揃えた。 が、信広は確かに聞いた。森次の口から妾腹という言葉を。だから、雷王丸に森次の右眼を喰わせたのだ。
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