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千景は走った。竹林の中をひたすらに走った。無意識にそして夢中で走った。息が荒れる、心臓が破れそうだ。
敷地から五百メートルは離れただろうか。
もういいだろうと足を止めた。全速力で走ったものだから、足に力が入らずに倒れそうになる。
倒れてしまったら馬鹿みたいだと、近くの竹を支えにして息を落ち着かせた。
あぁ。またやってしまった。
千景はひたすら後悔した。いつも義父の眩耀に対しては煮え切らない態度を取ってしまう。
反抗期かそれとも養子として当主を受け継ぐ苛立ちからか。
夜は明けない。空は曇り冷たい風が吹いている。
日を見たのはいつのことか、千景は目を閉じて考える。
まだ、本当の師のところで稽古をつけてもらっていた時だったか。
暑い日だった。汗の鬱陶しさを忘れるくらい稽古をしていた。
「その戦略は甘いな千景!次の手が読めるぞ!」
脇腹を取られ、そしてその威力で倒れてしまった。
嗚呼、あの頃から何も変わってない。師範の言っていることと変わりはしない。
千景はゆっくりと目を開けた。その瞬間、
───グッ…
痛みとなんとも言えない重さが千景を襲った。思わず膝をついてしまった。
息ができない。一瞬で汗が湧き出る。
『あーあ…バカだな。余裕ぶっこいてたお前のミスだ。』
遠くで声が聞こえた。聞こえるはずもない声。
──アア…ナンデ、ココニハイナイ!
──抑えないと…抑えないと!
──アイツヲ!
──何もならないのに!
頭の中でブツンと何かが切れる音がした。切れたのか、それとも終わったのか。
「あはっ…ははは…ははははっ!」
透き通った笑い声が暗闇の竹林の中で響いた。
「足りないよ?そんなんじゃ足りない!貴女が殺した数は私には届かない!だけど、貴女を殺せばピースの半分は埋まる気がするよ…待っていて、【碧の空】」
少女の口元が魔的に歪んだ。
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