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星は落ちて月は昇る
『そんなに嫌ならば、抜かなければよかったのにな。』
「やめて!やめてやめてやめてっ!」
真っ白い空間。
男と女の声が層になって響く。
『あの時、師匠の言う事を聞いていれば良かったのにな。』
「そうすれば!私は…」
現実、それとも夢、それとも別次元か。
二人を見ているのは観測者のみ。
『でもさ、俺はこれでも嬉しいんだぜ。碧の空に出会えたんだから。』
「……いったい、貴方はどこまで知っているの?」
その声からは恐怖が溢れて出ていた。
『観測者が十を知っているのなら、その四を知っているだけ。だけど、人はその一も知らないかもな。』
男はニヤリと笑う。
「自分が何なのか、碧の空は何なのか、貴方は何なのか、それだけ…それだけでいいから教えて欲しい!私に…」
女は強く願った。
一時の沈黙。
『あぁ、いいよ。でも、条件がある。次の紅月の夜、荒野に行くこと。』
「…えぇ、いいでしょう…」
さっきまでの雰囲気がガラリと変わり、目つきも変わった。
知る事を代償になら何でもいい、女はそう感じた、覚悟した。
『お前は不知火千景、そして多重人格者──』
「!!??」
千景は驚いた。当然、自覚はしていなかったし、もちろん誰からもそんな事を今まで言われなかった。
『俺の元主人様の言い付けを守らずに、鞘から剣を抜いて契約しちまったバカ…そして現在、俺の主人。もう一方のお前は殺人鬼、“人を殺す”という事に快楽を求めるんだよ。そして長けてるんだ。』
男は見透かしたような目をして語った。
「そんな…いつからなの…?師匠は何も…言って…」
『あーそれなら、俺と契約した瞬間に…だ。並の人では、耐えられない…だから、お前の本能は別人格を生んで負担を軽くしたんだよ。』
「本能って…」
『そして、快楽と同時にキャパオーバーした──俺を背負うコストを、分散する。殺人という名で…』
絶望、虚無が交互に浮かんでくる。
今更、『抜かなければ良かったのに。』という言葉が頭から離れない。
頭の中で、仕方ない仕方ないと唱える、唱え続ける。
だって、だって、あの場所で何もしなければ、私は、死んでいたのだから。
『考えすぎるな、主人。もう一つの人格に飲み込まれるぜ。あ、三つ目のな──』
男はニヤリと笑った。
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