第一章 春 ─『わたし』と“僕“とコイツ─

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『わたし』は、本当は自分のことを『僕』と呼びたい。 だから、完全なる一人の時や、空想の中では、『わたし』は自分を『僕』と呼ぶ。 最初の違和感は、小学校入学前の誕生日の日だった。 あの日、半年後に小学校の入学を控えた“僕”のために、母方の祖父母がランドセルを贈ってくれた。 ランドセルはとても嬉しかったけど、“僕”はどうしても我慢出来ないことがあって、大泣きして両親や祖父母を困らせてしまった。 そのせいで、“僕”のあの年の誕生日は最悪のものになってしまった。 『赤はやだ!黒いランドセルがいいっ!!』 そう言って、散々泣いていたら、母は突然僕の頬を力一杯にひっぱたいた。 『女の子は、みんな赤いランドセルなんやけん、わがまま言わんとっ!』 そう言って、母は何度も“僕”を叩きながら泣いていた。 父や祖父母が止めても、母の手はしばらく止まることは無かった。 痛い記憶だけが残った、最悪の誕生日。 あの時は、何故母が泣いていたのか分からなかったけど、きっと怖かったんだと思う。 娘を生んだはずなのに、目の前にいるのは女の形をした男みたいなことをいう子どもだったのだから。 あの日に“僕”は悟った。 自分は普通と違うんだと。 “僕”みたいな姿の子は、みんな“女の子”と言って、フリフリした洋服や、お姫様みたいなドレスに憧れて、人形遊びや、ままごとが好きな生き物なんだって。 ズボンやジャージが履きたくて、戦隊ヒーローの真似をして遊ぶのが好きな“僕”とは違うんだって。 そして、ずっとそのうち生えてくると思っていたおちんちんも、多分もう生えてこないんだって。 そういう悲しい気持ちとか、本当は違うのにって思っても、それは口に出してはいけないことなんだって、全てを悟ったような気がした。
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