第一章 春 ─『わたし』と“僕“とコイツ─

2/24
137人が本棚に入れています
本棚に追加
/181ページ
「やば・・・」 その姿に、表情が苦くなる。 真っ赤なジャージ姿の先生の手に握りしめられた一メートルの物差しは、まるで赤鬼の金棒のようだ。 「おいっ!内田っ!お前何度言ったらそんスカートの裾ば直すとやっ!!」 先生に気付かれないよう、なるべく多くの生徒に紛れるようにして校門を抜けようとしたのに、案の定先生は鬼の形相で近づいてきた。 「おはようございます」 当たり障りないように静々と頭を下げると、先生は例の金棒で、『わたし』のスカートの丈を測った。 「休み明けまでには直せって()うたろうが!」 べしっ!と、金棒が肩を叩く。 別にそれほど痛くはない。 「すいません。裁縫が苦手なもので」 怒られたのは、スカートの丈が短いからでは無い。 「いつの時代のスケバンや!今時そがん長ったらしかスカートば履いとる女子は見たことなかぞっ!」 先生は、訛りに訛った長崎弁でゲラゲラ笑う。 先生は叱り方が上手いと思う。 冗談を交えて笑いながら叱るから、先生の指導に反抗する生徒は少ない。 かと言って、生徒たちがその指導を受け入れるわけではないのだけど。 「じゃあ、もう一回流行らせましょうか」 無論、『わたし』もその一人で、いつも先生にこうして呼び止められては冗談を返す。 「よかて!どーせ流行らん!」 先生もその冗談に乗って、いつもここでチャイムが鳴る。 チャイムが鳴ったら、私は逃げるように走る。 それで朝の問答は終わり。 だけど、今日はもう一度先生に呼び止められた。 「自分で直せんとやったら母ちゃんにでも頼めばよかろうが。他の女子たちんごとあそこまで短こうせんちゃよかばってん、せめて膝くらいまでにはせんば、悪目立ちすっぞ」 先生の表情が少しだけ曇っている。 彼は知っている。 『わたし』がクラスで浮いた存在であるということを。 「考えておきます」 『わたし』は先生に軽く頭を下げて、チャイムの音に引っ張られるように教室へと急いだ。
/181ページ

最初のコメントを投稿しよう!