第一章 春 ─『わたし』と“僕“とコイツ─

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大島は、この日から、ことあるごとに『わたし』の世界を邪魔してきた。 まだ教科書も何も揃っていない彼のことを思えば、授業中に教科書を見せてやるのは仕方の無いことだとしても、『わたし』ですら気付いていなかった机の上の落書きのことに触れるのは、やめて欲しかった。 「これ・・・内田さんが書いたの?」 六時限目の終了間近に、あろう事か大島は、『わたし』の席に腕を伸ばして、落書きについて問うてきた。 『来世は男に生まれますように』 それを指し示しているシャープペンの先よりも鋭く尖ったその落書きは、『わたし』の胸に突き刺さった。 「違う」 『わたし』が書いたものじゃない。 気付くといつもこんな落書きが増えている。 それに気付くのは、休み時間が明けて席についた時や、翌朝の登校時、まぁ、『わたし』が席を外した時に色々だ。 犯人は目星がついているけど、別にどうでもいい。 相手にする気もない。 「・・・そっか」 大島はそれだけ呟いて、また視線を黒板に戻した。 熱心にノートに色分けして『ペリーが開国を迫った理由はなに?』と、質問したい項目を書くくらい日本史が好きなら、初めから黙って黒板だけを観ていればいいのにと、心底コイツに嫌気がさした。 その様子をみて、クスクスと嫌な笑い声が右耳に触れてきた。 大島の斜め前の席、多分落書きの主犯、川島頼子だ。 それに合わせて、彼女の取り巻きの金山美幸(かなやまみゆき)と、太原桃香(たはらももか)も笑った。 女はどうして一人じゃ虐めも出来ないんだろう。 別に、こういうのは痛くもなんともない。 一人で何も出来ないうちは、彼女たちに負ける気もしない。 だけど、この目の前の落書きは、『わたし』を苦しめた。 これは“僕”がずっと願い続けているものなのだから。
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