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どうやら人にも恵まれているようだと、松岡は察する。そうでなかったとしても、今さら自分が手を差し伸べる筋合いも無ければ力もない。分かってはいるが、二人がそれなりに暮らせていることが、過敏になりがちな松岡を穏やかな気持ちにさせた。
地位も金も失った、病院帰りの自分を見ても態度を変えずにいてくれるのは、彼らに心の余裕があるせいかもしれない。
「ロフトにベッド置いてるんで、リビングは広く使えてますよ。松岡さんはベッド使ってください」
「そこまでお前らの邪魔する元気はないよ。ソファで朝から晩までぐうたらさせてもらえりゃいい」
三人掛けのソファに身体を横たえる。長時間の移動で疲れていた。
薪ストーブへ顔を向けると、冷えた頬を熱気が撫でた。ストーブの脇には、黒ずんだおが屑にまみれた薪が積まれ、土と湿ったような木の匂いが漂ってくる。
正面の小さなガラス窓から、赤い炎がらちらちら見えた。
視線を上げれば、綿帽子を被った庭木が見える。空と雪の境目があいまいで、どれも薄い灰色に見える。さっきまでちらほらと降っていた気がするが、ここからは判別がつかない。
単色の地味で静かな風景に、ここでの暮らしの穏やかさが窺えた。
「インスタントですけど、コーヒー淹れますね」
翔がストーブの上のヤカンを壁際の小さなキッチンへ運び、カップの準備をする。狭いキッチンで大きな背を丸める姿から視線を引きはがし、松岡は確認するように彼の恋人を見た。
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