120人が本棚に入れています
本棚に追加
「前の板前さんのときからの付き合いで、地元の漁師さんから直に買わせてもらってますから。この旅館に来てから翔はずっと厨房手伝ってたんですけど、筋が良かったみたいで、前の板さんから可愛がってもらったんです。その板さんが去年定年退職してからは、翔が一人で厨房全部を任されてるんですよ。あいつの努力もありますけど、新しい板前さんを迎える経費がないってのも大きかったみたいですけどね」
倫太郎は誇らしげに胸を張る。自分の男を自慢げに話す姿に、年相応の可愛げが滲む。
翔の板前らしい短髪に白の和帽子は、きっとよく似合う。
「海、近いのか?」
「車で一時間弱かな。東京の感覚なら遠いかもしれないけど、こっちじゃどこ行くのもそんなもんですから」
慌ただしく身支度を整えると、今日は予約が入っているからと、倫太郎も仕事へ出掛けて行った。
キッチン寄りに置かれたダイニングテーブルには、揚げ出し豆腐とカレイの煮つけが置かれてあった。
思いついて風呂に入る。どこにでもあるユニットバスだったが、久しぶりの入浴は気持ち良かった。なぜ昨日入ろうと思わなかったのかと後悔するほどだった。
そういえば、入院してから風呂に入っていなかったと思い出し、首や耳の後ろに足の付け根、気になるところを擦ると垢が出た。病院では身体を拭くだけだったから、汚れているのも当然だ。
生まれ変わったような気持ちで風呂を出て、用意されていたメシを食う。
見よう見まねで薪をくべると、途中で様子を見に来た倫太郎に褒められた。鼻で笑って相手にしなかったが、悪い気はしなかった。
最初のコメントを投稿しよう!