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豪雪地帯にそぐわぬトレンチコートも、その下のスーツも皺くちゃでくたびれており、整えていないくしゃくしゃの髪にはフケが散っていた。
昔とは意味合いの違う目立ち方に、松岡は口の端を曲げて皮肉気に笑う。
半年前までなら、移動は全て黒塗りの高級車だったし、いかにもな強面を引き連れた自分に視線を向ける一般人はいなかった。
組のフロント企業としての金融業はうまくいき、誰よりも金回りが良かった。
会社の代表として力量を振るい、手ごたえもあった。売上が悪いときでさえ、それはそれで楽しんでいた。
高級車も広いマンションもイイ女も、かつて当たり前のようにあった全てが、今は跡形もない。
寂れた駅を出ると、やたらと大きな図体の男が目に留まる。何の芸もない白の軽自動車の隣に立てば、なおさら百九十の長身が際立った。もこもことしたダウンのジャケットの下は、ぶかぶかの安っぽいジーンズとゴム長くつだ。スーツ姿で人を殴っていた名残りはない。
「よお」
軽く手を上げると、男は松岡の様子を目に留め僅かに目を開いたが、すぐに犬のごとく駆け寄って来た。迎えの車の方向へ、上にした手のひらを向ける。
「お久しぶりです。車へどうぞ」
男に動揺はもう残っておらず、不器用さと有り余る男臭さをたたえた姿は昔と変わらない。
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