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人前で隠せないほど悪化したのが半年前だ。仕事中に女のように啜り泣き始めてしまい、止まらぬ涙にパニックになった松岡は、二階の窓から飛び降りた。幸い捻挫で済んだが、組からはヤクに手を出したと見なされた。銀行口座も不動産も、パスポートや時計、使っていた家具すら全て取り上げられ、追い出された。
パニックになったのがもっと上の階だったら、自分の人生はあれきりで終わりだっただろう。みっともないが、おかげでいま生きている。
「苦しかったですね」
ポツリと呟いた翔の言葉に、息が止まりそうになる。
――そういうこと、言うんじゃねぇ。
やめろと言いたかったが、その声が震えてしまいそうで、松岡は口をつぐんだ。
翔は倫太郎からスマホを受け取ると、手早く操作する。
「消していいっスか?」
「おいウサギ、勝手なこと――」
遮ろうとした倫太郎を視線で黙らせ、松岡を見つめる。
撮った瞬間は大切だと感じていたものだ。消されるのはいい気分ではない。しかし、このまま残すのが自分にとって良いのかどうか考えるとよく分からない。
――お前がそう思うなら、それでいいか。
「勝手にしろ」
ことさら軽く答えると、翔の太い親指が滑らかな表面を一度だけ叩いた。
「すいません」
「謝るぐらいならやるなよ」
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