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ただ、倫太郎や他の女よりも、翔には特別に情欲を掻き立てられることを、本人には知られたくない。この知られたくない気持ちを何といえばいいのかは、あまり考えたくなかった。特定の相手に執着するなんて、自分らしくない。”自分”が壊れてしまった今となっては、固執するほどのことでもないかもしれないが、認めたくない感情は変わらずにあるのだからしょうがない。
「……こっち試してみません?」
するりと、細い指が松岡の陰嚢の下へ滑る。小さな窪みを、丸くなぞられた。
思わずきゅっと締めると、倫太郎の笑みが深くなる。
――クソガキ。
やるかバカ。そう言おうと口を開きかけたところで、翔がきつい調子で口を挟んだ。
「いい加減にしとけよ」
倫太郎の眉が下がり、迷いが生まれたのが窺えた。本気で翔が怒ると知れば止めるだろう。
「だって……」
倫太郎なりに自分を喜ばそうとしてくれているのかもしれないが、松岡自身がそれを望んでいるかといえば、よく分からない。望むことがあるとすれば、翔の前でこれ以上醜態をさらしたくない、という程度だ。
――醜態も何も今さらか。
頭のイカレた一文無しのくせに、まだ体面を気にするなんて滑稽だと、松岡はそっと自嘲する。
「リン、松岡さんに失礼なことするんじゃない」
怒りを孕んだ低い声が自分を庇うのを聞いた途端、妙な意地が出た。自暴自棄な気持ちと、翔に弱者として扱われ、かばわれることへの反感が渦巻き、要らぬ強がりが口をつく。
「構わねぇよ。どうせ何されたって無駄だ」
「試していいの?」
落ちていた肩が上がり、倫太郎の瞳が再び輝き出す。
「仕方ねぇな」
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