失脚

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 いまの自分は、ただの行く当てのない退院患者でしかない。心も財布の中身も寒いことこの上ない、惨めそのものだ。 「仕事があるんだろう? 邪魔して悪いな」  声を掛けると、翔は一瞬振り向き、柔らかく笑った。 「平日はほとんど客が来ないんで、除雪作業が終われば暇してますよ。雇ってもらってる温泉宿のご夫婦が、娘さんの進学に合わせて都市部に引っ越したんで、平日は俺たち二人で回してますし、気楽なもんですよ」  小さな軽自動車は新雪が積もったままの脇道へ入り、エンジンを吹かせて強引に進んでいく。来るときに付いた二筋のタイヤ跡から、雪の深さが十センチ以上あるのが分かった。  杉林を縫うように狭い道が奥へ続いている。車が進む度に、鼠が鳴くような、キュウキュウと苦し気な音が立った。人家の見えない山道を五百メートルばかり進むと、正面に古い平屋の旅館が見えてくる。もったりと雪を瓦に乗せた様子は、建物自体が眠っているかのような印象を与えた。  無駄に山奥にある旅館だが、戦前は著名な作家が逗留したこともあるらしい。  軽自動車は屋根のある正面玄関に松岡を下ろす。除雪したのだろう。吹雪いている割には、旅館の周囲は積もっていない。     
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