失脚

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 入口の引き戸はガラス戸で、覗くと黒光りする板敷のロビーが目に入る。客がいないためか明かりは消えており、突き当りの大きな窓から内庭が見通せ、白い雪と黒ずんだ石灯篭が絵のように切り取られて見えた。  旅館脇の駐車場に車を停めてきた翔が、白い雪に大股で足跡を付けながら走って戻って来た。ふと、まだ金のことを言っていなかったと思い出す。見た目である程度分かるだろうが、言わずに気を遣われるのも面倒だ。 「客室に案内されても払う金はねぇからな」  何年か前に来たときは、当たり前のように一番いい部屋に泊まったが、今は一番安い部屋でも払えない。みっともないのだろうが、気にならなかった。たぶん、医者が処方した薬を真面目に服薬しているおかげだ。 「旦那さんが趣味で建てたログハウスが奥にあって、そこを寮代わりに使わせてもらってます。狭いですけど、そこなら宿泊客の目もないし、いつまでいて下さってもかまいませんから」  翔は建物の奥へ向けて指をさし、建物の脇を通り抜け、裏手へ案内した。玄関前に比べ、雪が深い。靴の中に雪が入らぬよう、松岡は先を進む足跡を同じように踏んだ。自分よりも広い歩幅に、時折よろめく。松岡はそっと笑みを浮かべた。子どもの頃にこんな遊びをしたような気がする。 「前は古いアパートが寮だって言ってなかったか?」 「古すぎて取り壊したんですよ。俺たち以外に住む奴もいなかったんで。おかげで今は一軒家です」     
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