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先を歩く翔の背中は油断しきっている。カタギの人間と同じ空気を纏わせる姿に、松岡は目を細めた。
「なかなか良い待遇じゃないか」
かつてケンカしか出来なかった不器用な男を、松岡はなにくれと可愛がっていた。倫太郎という幼馴染みに連れられ、カタギになった男が、穏やかな時間の流れの中に身を置いていることに少しだけ寂しさを感じる。
「ここらへんは若い人がホントにいないらしくて、人手不足が深刻なんですよ。だからオレたちみたいな訳アリでも、安い給料で真面目に働いてくれるならって。旦那さんたちにはよくしてもらってます」
笑顔で振り返る翔は爽やかで、旅館の従業員としてこれ以上ない好青年に変わっていた。
松岡も、五年前とは変わった。変わったが、向かった矢印は無様と呼ばれる方向だ。
見覚えのある離れや、氷の張った池を過ぎると、大きな椿の木に隠れるようにしてログハウスがあった。ドアが開き、見覚えのある目つきの悪い男が現れる。翔より背は低く、身体も細いが、広い肩幅はすっかり成人男性のシルエットになっている。出会った二十歳のころより肉付きが良くなり、背もいくらか伸びたかもしれない。
「翔、お帰り。いらっしゃい、松岡さん」
倫太郎の目つきの悪さは相変わらずだが、迎え入れる言葉はまともな上に、声音も明るい。
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