第9章 もう止まれない

5/7
前へ
/161ページ
次へ
 幸隆はここにはいない。  ルイと共に何処かへ……。 「イルッ!」  でも、その考えは一瞬で消える。 「ゆき…ちかぁ……」  幸隆がいた。噴水を挟んだ向こうに、イルと同じくらい汗をかいて、鼻を赤くして、心配そうな顔をして、幸隆がそこにいた。 「すみません、通して下さいっ! 連れがそっちにいるんで!」  幸隆は人にぶつかりながら何度も謝り、舌打ちをされ、また謝り、こっちへと必死になって向かって来た。  そんな幸隆の姿に、イルは大粒の涙を流し、幸隆の元へとふらつく足取りで向かう。 「幸隆ッ」 「イルッ」  そして、幸隆の胸へと飛び込んだ。 「ごめっ、ぼく……ッ」  イルは幸隆に抱き付き、泣きながら謝る。そんなイルの身体を幸隆は力強く抱き締め、優しく背中を摩ってくれた。 「ここにルイが来て、お前に何かあったんだってすぐに分かった。でも、ルイは何も言ってくれなくて、手当たり次第探すしかなかった……」 「幸隆……」 「こんな姿で……寒かったな……」 「っ……」  幸隆はそう言ってイルの身体を離すと、着ていたダッフルコートを肩に掛けてくれた。そして、また強く抱き締めてくれた。  そんなイルと幸隆を、擦れ違う人達は驚いた顔で見詰め、コソコソと話し出す。それに気付き、イルは幸隆の身体を離そうと両手でぐっと幸隆の胸板を押した。 「幸隆っ、人が見てるっ……」  こんな人目がある所で男二人が抱き合っていたら目立つ。自分はそんなの気にしないが、これから有名になる幸隆には大きなリスクになる可能性がある。  それだけは駄目だとイルは思った。
/161ページ

最初のコメントを投稿しよう!

218人が本棚に入れています
本棚に追加