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でも、それはできなかった。
「イル」
偶然にも、隣に住む幼馴染、幸隆がグローブとボールを持って外に出て来てしまったのだ。
「ゆ、ゆきちか!?」
イルは思わず幸隆の名前を呼び、ハッとなって口元を抑える。けれど、幸隆にはもうバレバレだった。
今、車に乗り込もうとしている自分を幸隆は確かに〝イル〟と呼んだのだ。
「イル。お前なんでそんな格好……」
幸隆はこっちに近付くと、イルの姿に驚いた顔をしていた。まさか、幼馴染の男が双子の姉の服を着てるなんて想像した事さえ無かっただろう。
「ち、違うっ。こ、これは…その……」
イルは幸隆に見られた事が恥ずかしくて、ヒラヒラのスカートの裾をキュッと掴んだ。
「イル?」
「ぼく……」
幸隆に嫌われる。そう思ったイルは泣きそうになり、咄嗟に下を向いた。
「何泣きそうな顔してんだよ」
「だって……」
幸隆は優しいから揶揄う事はして来ないだろう。だからこそ、〝キモい〟とか〝変人〟とか思われたら嫌だとイルは思った。
「へ……変だから……」
男が女の格好をしている。
普通ならありえない格好。
祖父が生きていたら怒鳴られていただろうそれを、今、イルはしている。
「変?」
でも、イルはずっと心の底で女であるルイがずっと羨ましかった。
だって、可愛い物が当たり前のようにルイには渡される。
例えば、ピンク色の可愛らしいハートのクッションやキラキラに光るネックレス。なのに、イルにはいつだって車のラジコンやロボットばかり。
イルはルイの物が欲しいのに、それを周りは全く気付かない。だから、ルイの物もイルの物も、全てルイの物になっていた。
ルイはイルのロボットや車のラジコンも喜んで遊ぶのだ。
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