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博士はそう小さく言うと、ふらふらと手を上げた。私がエラーを感じた、庭先に多く植わっているあの赤い物体を指差す。
「君が名前を失っていたデータ……あれは、あの花は、『アネモネ』という」
私は植物園一体に咲いているアネモネの花を見渡す。
アネモネ。データの奥底に残っていたその単語と一致した瞬間、『懐古心』が頭をよぎる。
「それは僕の子供の名前でもある……。アネモネは、アネモネの花が好きだった。アネモネは五歳の頃……僕が目を離した隙に植物園を抜け出して、警備型アンドロイドにちょっかいを出し殺されてしまった。僕はその日から、量産型アンドロイドの開発をやめ、アネモネをベースにした、アンドロイドへの人の心の移植の研究を始めた」
博士は苦しそうに目を瞑った。私は傍にしゃがみ、その様子を観察する。
それと同時に、履歴映像が流れてきた。
遠く、奥深くの階層に眠っていたデータを掘り起こす。五歳のアネモネは、黄色のワンピースを翻し、研究所の外の植物園を走り、博士の手を握って何やらおねだりをしている。
〝ねえ、パパ! 早く私の誕生日プレゼント、買いにいこうよ!〟
〝もう、水やりはいいからさ。早くしないと、アネモネ、先に行っちゃうよ?〟
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