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「お願いします」
財布を取り出してから、レジのカウンターに花柄のワンピースを置く。キャッシャーを操作していた女性店員と目が合った瞬間、その定員はあからさまに頬を赤らめた。
そして愚かなことに、その反応を見て初めて、裕幸は今しがたの自分の言動が、はたから見たらどんな風に移るのかということに思い至った。
「ちが、違います!」
慌てて振り返り、所在なげに立っている亮の肩を掴む。亮は焦っている裕幸の顔を見返して、不思議そうに瞬きをした。
そう会うこともない服屋の店員にどう誤解されようと、正直どうでもいい。だが、恋人に何の相談もなく、突然女装させようとする男だとは思われたくない。
「これは、サークルで使う衣装で、前から相談されてて、それで今たまたまちょうど良さそうなやつを見つけたから、買っておこうと思っただけで」
「分かってるよ」
「え?」
勢い込んで始めた弁明を、亮はばっさりと打ち切った。
「だから、映画に使う衣装で、その衣装を着る予定の子と僕の身長が似てたから、僕にあてて確認してみたんだろ? 何がどう違うの?」
真っ直ぐに曇りのない目で問いかけられて、ことばに詰まる。
何も違わない。違わないけど、この場合勘違いしない方が普通なのだろうか。
信用されているのはうれしいけど、恋人同士なんだから、ちょっとは誤解されたかった気もする。
「これもいっしょに会計してください」
「え、あ、」
相反する感情を持て余している間に、亮は手に持っていたズボンを差し出し、現金をキャッシュトレイに乗せてしまった。ロクに言い訳も出来ないまま、気がつくと裕幸は、商品の詰められた袋を持って、店員に見送られていた。
ショップから出た後、すぐ隣にあったイタリアンの店で食事をすることになった。ランチを食べるにはやや時間帯が遅かったこともあり、待たされることなく案内された店内は、女子が喜びそうなかわいらしい内装をしていた。
男ふたりで入るには少々場違いな雰囲気ではあったが、亮に気にするそぶりはない。まぁ、彼の場合はどこに行ってもたいてい浮いているので、気にしなくて当然かも知れない。
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