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「裕幸くん、どうしたの?」
注文を済ませてから、淡いラベンダー色の制服に包まれた店員の後姿を眺めていると、控えめな亮の声に引き戻された。
視線を戻すと、向かいの椅子に座る亮は、レモンの浮かぶ氷水を飲んでいた。小ぶりなグラスを下ろす白い手はいつも通り穏やかだ。
ショップで会計を済ませた辺りから、裕幸のテンションが下がっていることに、気づいてはいたらしい。しかしその理由にまでは思い至らないところが、亮の亮たる所以だ。
相手に気付かれるくらい、態度に出てしまう己の幼稚さが情けない。
だけどこの複雑な男心を説明したところで、盛大に浮世離れした恋人に理解してもらえるとは思えない。ワンピースの件は諦めて、モヤモヤするもうひとつの原因について指摘することにした。
「……あのさ、亮さん、今日はオレが払うって言ったの、覚えてる?」
ささくれた気分を隠すことはもう諦めて、いっそじろりと正面から澄んだ瞳を見つめる。目が合うと亮は慌てて長い睫毛を伏せた。一応覚えてはいたようだ。
「え、あ、そうだったね。そういえば家出るときそんなこと言ってたね。ごめんね、つい癖で……」
買い物へ行く前に、裕幸はかなり強く主張したのだ。今日は自分にプレゼントさせてくれ、と。
元々、いつもいつも当然のように支払いをしてもらうことに引っかかっていた。立場が違うから仕方がないけど、たまにぐらい裕幸にも亮のためにお金を使わせてほしい。
そんな裕幸なりの精一杯の主張だったのに、亮にとってはつい、で忘れられてしまう程度のことなんだと思うと、やっぱりちょっとむなしい。
不貞腐れて頬杖をついていると、向かいから亮がすくい上げるように覗き込んできた。なだめるような笑顔は見慣れたもので、そういえば中学生のころはつまらないことで突っかかっては、よく亮にこんな顔をさせていたな、と思い出した。
「えっと……これで今日の買い物はおしまい?」
「いえ、この後靴を見ようと思っています」
「じゃあ、靴は君に買ってもらってもいい?」
裕幸の機嫌を取ろうとする、あからさまな亮の手口は、あのころからまるで成長していない。幼かった裕幸は、こうしておもねられると余計に腹が立って、八つ当たりしては亮を困らせていた。
「……ほんとに?」
だけど今なら、こども扱いしてくるくせに、こどものあしらいがヘタなところも、けっこう愛しいと思っている。これ以上亮を困らせるのも本意ではないので、姿勢を正して笑いかけた。
「今度こそ、約束ですよ」
わかりやすく機嫌を直して見せたことに安堵したのか、亮も目元をゆるめて微笑んだ。
「その代わり、僕にも君の服を買わせてね」
その上こんな提案してくるから、かなり驚いた。
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