SS10 「お守り」 (大学生編)

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SS10 「お守り」 (大学生編)

―亮編―  それを見つけたのは本当に偶然だった。  亮はほとんど料理をしない。正確に言えば出来ないし、本人にもする気がない。  何なら家事全般、一人暮らしをするまで全くしたことがなかったため、どれも得意ではない。散らかるほどの物も持っていないので、かろうじて掃除と洗濯は出来ているものの、あまり興味がない食事はないがしろになりがちだ。  男なんてみんなそんなものだろうと思っていたが、七つ年下の裕幸にとってはそうではないらしい。一人暮らしを始めた亮が自炊をろくにしないことに気づくなり、忙しい大学生活の合間を縫うようにアパートに通いつめ、せっせと手料理を振舞うようになった。  そんなわけで、台所周りは恋人である裕幸が管理している。  だから、冬の終わりのとある休日、卵かけごはんでも食べようかとコンロ下の収納から醤油を取りだすことすら、亮にとってはずいぶん久しぶりのことだった。 「あ……」  手にした醤油は意外に重くて、戸棚の中で倒してしまった。引き出し代わりのカゴの中に整然と並んだ調味料が倒れ――……ガチャン! と派手な音がした。 「え?」  まるで鉛の塊で壁を叩いたような衝撃に続いて、ガチャガチャと金属がこすれ合うような音が響く。自宅の戸棚の中から聞こえてくるにはあまりに場違いな騒音に、いくら鷹揚な亮でも不審に思った。  調味料の入ったカゴを取り出し、戸棚の奥をじっと見る。ぱっと見では分からなかったが、よくよく見ると背面の色が周囲とは違った。拳を握りしめ、恐る恐る叩いてみると、やはり何か重たい金属の音がする。  背板は四隅を釘で止められている。 「釘ってどうやって抜くんだっけ……」  巷には釘抜きというものがある、と知識としては知っている。しかし生活力がまるでない亮には、そこから先はどうしたらよいのかわからない。  途方に暮れてもう一度背板を叩く。すると思ったより振動することに気づいた。 「あれ? これ、ひょっとして……」  背板と側板の隙間に爪を引っかけ、力を入れて引っ張る。さしたる抵抗もなく背板ばぱかり、と外れた。  手にした背板は、釘で発泡スチロールに打ち付けられていた。その発泡スチロールには数か所、マスキングテープで固定してあったらしき痕跡がある。釘で打ってあるように見せかけるための細工だろう。
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