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どういうつもりでこんなものを隠したのか、本当は本人に問いただしたい。しかし目的が一つしかないのはあまりにはっきりしていて、問いただす余地すらない。
鎖と南京錠だけなら何か別の理由をこじつけることが出来たかもしれない。しかし残りの一つがだめだ。あれはどうしたって他の用途を見いだせない。
その一つしかない用途を直視するのは怖くて、とにかく亮は全てをなかったことにしようとした。出来れば記憶も消したかった。
鈍い光沢を放つそれらを、可能な限り手早く袋に入れて、戸棚の中に――……いや流石にここに戻すのはどうだろう。万に一つ……いや、億に一つ、これの出番が来てしまったら?
手にした金属のそれが、厚いビニールごしに熱を奪っていくのを、呆然と見つめる。
しかし亮が呆けていられたのは、それほど長い時間ではなかった。
――ピンポーン
不意に玄関のチャイムが鳴った。そういえば、今日彼に休みだと伝えたら、午前の講義が終わってからここに来ると言っていたかもしれない。
「ぁ…………」
玄関の扉は台所から直でつながっている。立ち上がる気力もなく見守る先で、外側から玄関の鍵が回され、扉が開く。
「亮さん? まだ寝てた?」
扉の向こうにはフードのついたジャケットを着た裕幸が微笑みながら立っていた。二月の外気はまだ寒く、とたんに冷風が吹き込んでくる。にわか雨でも振ったのか、ところどころ足元を濡らした青年はにこにこと機嫌がよさそうだ。
しかし床に座り込んだ亮とその膝に置かれた黒い袋にすぐに気づくと、眉を寄せて首を傾げた。
「あ、それ、バレちゃった?」
逆光を背にして気恥ずかしそうに頭をかく裕幸からは、後ろめたいとか罪悪感といった負の感情は一切見えない。むしろ隠していたプレゼントが見つかってしまった子供のような邪気のない笑顔だ。
しかし膝の上の重みはあまりにも不穏で、いくら逃避が得意な亮にでも無視できない存在感をずっしりと放っている。
見た目だけは文句なく爽やかな青年の、この笑顔だけ信じて後は何もかも忘れたい。
亮は物も言えず、目を見開いて恋人を見上げていた。
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