SS10 「お守り」 (大学生編)

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―裕幸編―  流石にこれはヤバいかもしれない。  鍛え上げられた外面をフル稼働して渾身の笑みを浮かべてみせたが、亮にはどう映ったのだろう。澄んだ瞳に溢れんばかりの恐怖を湛えて見返され、人懐こい笑顔の裏で裕幸は内心冷や汗をかいていた。  しかし強引に押し切れば意外と簡単に部屋に入れてくれたので、それはそれで恋人の危機感がなさすぎて心配になる。  リビングのローテーブルの上には、パックのごはんと卵が一つ、侘しく置かれていた。卵かけごはんでも食べようとしていたのだろう。  本人はこれでちゃんとした食事を摂っているつもりらしい。この件が片付いたら温かくて滋養のあるものを作ってあげなければ、と青ざめた恋人の頬を見ながら固く決意する。実際のところ、亮の血の気がひいているのは、何も二月の寒さのせいばかりではないのだが。  とりあえず熱いお茶でも淹れようかとやかんを火にかけたところで、ローテーブルの前に座り込んだままうなだれていた亮が呟いた。 「あんなこと言わなきゃよかった。……僕が、縛って、なんて言ったばっかりに……」  何のことかと一瞬思ったが、数か月前に軽く拘束してセックスしたことを気にしているようだ。 「え? 別にそれは関係ないですよ?」 「だって君、あのとき拘束プレイには興味ない、って言ってたじゃないか。僕がおかしな提案をしたせいで、君の性嗜好が歪んでしまったんだ……」  こんなときでも裕幸を責めるのではなく、亮は自分に非があると思い込こもうとしている。いつまでも保護者目線を捨てられないのは七つ年上の恋人の悪い癖だ。  いっそそうだ、と便乗してしまおうかとも思ったが、なけなしの良心が咎めたので止めた。それが原因でただでさえ堅物の恋人の身持ちが、一層固くなってしまっても困る。 「だから関係ないですって。あれ隠したの、四月ですし」 「……四月? ここに引っ越して早々に? 君、そんなことしてたの?」 「そんなことしてましたね」  口数の少ない亮のことば以上に能弁な瞳には、くっきりと困惑が浮かび上がっている。裕幸を信じたい思いと、目にしてしまった現実との間に板挟みになり、とても苦しそうだ。目を伏せた亮の悲し気な顔を見ていると、困らせている張本人でありながらちゃんと胸が痛むから、自分でも面の皮が厚いと思う 「あのとき君、拘束プレイには興味ないって言ってたよね……?」 「そうですね。別にこれプレイに使うつもりで用意したわけじゃないんで」 「ひっ……」  眼を見開いて声を詰まらせた亮に、裕幸は慌てて首を振った。こちらを恐る恐る見上げる頼りない視線には、正直グッとくるものがあるが、今これ以上彼を怯えさせるのは得策ではない。
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