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「うーん、お守りみたいなものですかね」
「こんな邪悪なお守りってある……?」
邪悪とまで言われると僅かばかりのピュアな心が傷ついた。裕幸にとってそれは、一種の祈りのようなものだ。
「オレとしてはもっとこう、希望に満ちたものなんですけど」
「希望!?」
ステンレス製8ミリチェーンを希望と呼ぶには無理があったらしい。確かに総重量3キロ半あるし、可愛げはないかもしれない。
力づくで演出した穏やかな雰囲気が霧散しかけ、裕幸は慌てて言いつのった。
「いや、だって、亮さん、いいよ、付き合おうって言ってくれてたけど、あんなのほとんど泣き落としみたいなもんだっただろ。恋愛対象として好かれているとは、とてもじゃないけど思えなかったし……」
「僕は好きなひととしか、付き合ったりしないよ」
「それは、そう信じてるけど」
付き合い始めて約一年経った今なら、亮の言う好きだよ、ということばに嘘がないのは分かる。だけどそれまで何年もフラれ続けていたのにある日突然、ぽんと渡された合鍵を信じられなくても仕方ないと思う。
君が好きだよ、とおっとり告げる亮に、いつだって照れや恥じらいは一切見えない。それが彼の性格なのだろうけど、ときどき無性に不安になる。
彼の言う好き、が、本当に自分と同じ感情なのか。執着を一切見せない亮は、いつかもう必要ないと思ったら、簡単に手を離してしまいそうだ。
「だいたい亮さん、ゴリゴリのノンケだろ。付き合ってみたけどやっぱり無理でした、とか普通にありえることだし、だから」
「閉じ込めてしまえばいいと?」
「あくまで想像して遊んでいただけだったんですけど。亮さんの部屋にあまりにも都合のよい場所にあつらえたようにちょうど良い柱があって、誘惑に抗えなくて……」
「都合の良い、柱……?」
しょんぼりと愁傷に俯きつつ、裕幸は一本の柱を指さす。
「鎖でつなぐにしても、つなぐ先がいるじゃないですか。バストイレとベッドには届くけど、玄関には届かない位置に、大の男が本気を出しても絶対に壊れない丈夫な何か。タオル掛けとかじゃ話にならないし、そんな都合の良いものないだろうと思いながら部屋を眺めてたら、ちょうどこれが……」
亮が選んだこのアパートは平凡な洋室だが、設計上の都合か、なぜか部屋の隅の柱が一部むき出しになっている。三階建てのアパートを支える鉄柱は、裕幸の夢を後押しするには十分の頑丈さだった。
「…………バストイレとベッドには届くけど、玄関には届かない長さ……」
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