503人が本棚に入れています
本棚に追加
吐く息も白い、冬のとある夜。
長谷川亮はぽつぽつと街灯が照らす夜道を急ぎ足で歩いていた。
思っていた以上に仕事が長引いて、とうに定時は過ぎてしまっている。早足で坂を下り、交差点に出るとそこはもう大通りだ。身を切るような寒さの中、往来の激しい道行を急げば、目指すファミリーレストランはすぐそこだった。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると途端、暖房の効いた店内の空気がからだを包み込む。近づいてきた学生風のウェイトレスに待ち人がいる旨を告げると、すぐに案内してくれた。
テーブルに近づくと、文庫本に目を落としていた少年は気配に気付いて顔を上げた。コートを脱ぎながら近づいてくる亮の姿を認めた瞬間、にっこりと顔中に笑みが広がる。
「亮さん。お仕事お疲れさま」
今日、裕幸のシフトは七時までのはずだった。それから一時間近く待たせてしまったのに、待ちぼうけを喰らわされた当人は責めるそぶりも見せない。それどころか微笑んですら見せる健気さに、亮は却って申し訳ない気分になった。
「遅くなってごめん」
早口に詫びるも、裕幸は気にしてないよ、と笑いながら首をふるばかりだ。
最初のコメントを投稿しよう!