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靴を脱いで、スーパーの袋を手渡すと、裕幸は機嫌よく台所へ戻って行った。まだ料理の途中だったらしく、台所にはボウルや調理器具が所狭しと出してある。
万が一、裕幸が逃げ込みたくなったときのために、多少広めの部屋は借りたけど。まさか彼がこんなにも料理が好きだとは思わなかったから、台所は少々手狭だ。
知っていたら、もっと台所が広い物件を選んだのに。
ちくりと痛む胸を抑えて、てきぱきと立ち働く恋人をぼんやりと眺める。しばらくして、調理台に置いたスーパーの袋を覗き込んだ裕幸の手が止まった。不思議に思って見ていると、彼はぎこちなく振り返った。
「……えっと、亮さん、どうしたんですか?」
「どうした、って、何が?」
「いえ、その、何が、っていうこともないんですけど……」
なぜだか裕幸は妙に歯切れ悪い。レジ袋を手にとって少し逡巡してから、結局袋ごとそのまま冷蔵庫に入れてしまった。
ひょっとして、亮が少し落ち込んでいることに、気付いてくれたのだろうか。
自分ではあまり意識していないのだが、亮は喜怒哀楽が顔に出にくいタイプらしく、こんな風に気分が落ちているときに察してもらえることは滅多にない。気恥ずかしいけど、その相手が裕幸なら、悪い気はしなかった。
珍しく、亮は少し甘えた気分になって、年若い恋人にすり寄った。
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