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松本にも何もそこまでは言われてなかったように思う。箸を並べるついでみたいに振り下ろされた言葉の刃にうろたえている間に、いつの間にかローテーブルの前に立っていた。
ひょっとしたら裕幸が手をとって連れてきてくれたのかもしれない。あんまり覚えていないけれど、手の平には温かい感触が残っている。
手伝うどころか、夕食の準備の一環のように世話を焼かれつつ、そのことにはまるで気付ず亮はなおも食い下がった。
「じゃあ、もっと服装に気を使えば、普通になれるんだね?」
自分よりちょっと高い位置にある瞳を、じっと見つめて訴える。するとなぜか裕幸は両手に持ったグラスを取り落としそうになった。
「普通!?」
「何でそこで驚くの?」
美しい無表情の下でショックを受けつつ、戻ってきた裕幸に肩を押されてテーブルの前に腰を下ろす。その斜め向かいに座って、裕幸は亮の質問には取り合わず、にっこりと微笑んで見せた。
「どうせならオレにスタイリングさせてくれませんか? 芸能人と並んでも引けをとらないレベルに仕上げる自信があります」
「僕一般人になりたいんだけど」
「それは無理です」
「一般人なのに?」
松本といい、裕幸といい、どうして亮の主張を当たり前みたいに無視するのだろう。
自分が他者の目にどう移るのかをまるで分かっていない亮は、客観性を丸投げして哀しくなった。
「ははは、まぁ、食べましょうか」
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