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ローテーブルの上には、大学生の手料理とは思えない、彩り豊かな家庭料理が並んでいる。誤魔化されるのは癪だが、恋人の心づくしの手料理はやっぱりうれしい。特に、白い湯気を立てている湯豆腐は見るからにあたたかそうで、寒い外から帰ってきた身にはありがたい。
そこで、はた、と思い出した。
「ネギ」
呟くと、びくり、と裕幸が反応したのを見逃さなかった。
「どうしてネギ使わなかったの?」
帰りがけ、裕幸からメールでお使いに行くように頼まれた。そこには確かに、『湯豆腐を作りたいからネギを買ってきてください』と書かれていたはずだ。ちゃんと買ってきたのに、目の前の小鉢にはネギが乗っていない。
「あ、すみません。忘れてました」
裕幸は答える直前、ほんの一瞬、ちらりと冷蔵庫を見た。嫌な予感がして、立ち上がり、台所へ向かう。
「亮さん!」
裕幸の焦った声が追いかけてきたけど、無視して冷蔵庫を開く。よく考えたら、万事においてマメな裕幸が、袋のまま冷蔵庫に入れるなんておかしい。
取り出して、中身を確認してみる。すると、中にはニラと、なぜだか分からないけど何とかレンジャーの魚肉ソーセージが入っていた。
「違うんだ、裕幸くん」
硬いフローリングの上に膝をついたまま打ちひしがれる。こんなの、買った覚えはないけれど、多分買ったんだろう。自分の行動が自分でも分からない。これでは恋人に得体が知れない、と形容されても文句は言えないかもしれない。
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