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SS09買い物(裕幸大学生冬
その日裕幸は亮と買い物に来ていた。
ふたりで出かけること自体あまりない。その上、今買おうとしているのは亮の洋服だ。手持ちの服に合ってそこそこの値段で、なおかつ彼の独特の雰囲気に合う、穿き心地のいいズボン。どうしたって要求は多くなる。
店内に控えめに流れるR&Bを聞き流しながら、目の前に並べた数本を吟味する。
しかしあまり悩んでいては亮が飽きてしまうかもしれない。
自分では気付いていないようだが、亮は人ごみが苦手だ。他人の目などまるで気にしていなさそうなのに、それでも一人前に気疲れはするらしい。
だから、事前に出来る限りショップを厳選し、速やかに買い物を終えられるよう、何度も脳内でシュミレートした。その甲斐あってか、問答無用で連れてきたセレクトショップで、今のところ亮は退屈してはいないようだ。
ふらふらと店内を歩き回っては、しげしげとディスプレイを眺めている。人目を引くほどの美しい顔をしているのに、オシャレ心の欠片もない服装をしている亮は、ハイセンスを自認しているであろうショップの中で浮きまくっている。端正な無表情のままド派手なロゴの描かれた蛍光ピンクのジャケットを手に取った亮に話し掛ける店員はいない。
そのジャケットが気に入ったのか。万が一にでもこれ着て帰る、とでも言い出したらどう対処すればいいんだ。
ここに来た目的も忘れて固唾を呑んで見守っていたら、ジャケットを手にした亮はこちらに近づいてきた。裕幸の目の前まで来るとハンガーから取り外し、迷いの無い瞳で蛍光ピンクを差し出してくる。
「これ、ちょっと着てみてくれる?」
「あ、オレがですか?」
相変わらず意図が読めないが、本人が着るつもりではなかったことを知ってひとまず安堵した。言われるがままコートを脱いで、ジャケットに袖を通す。ちなみにジャケットの背面には緑色の覆面レスラーが描かれていた。
ひょっとして亮はこのぐらいアクの強い服が好みなのだろうか。亮が好きそうだと思って爽やか路線の服装を心がけていたが、本来裕幸の趣味はもっと遊び心のあるものだ。この個性の強いジャケットだって、組み合わせ次第で十分に着こなせる自信がある。
「これでいいですか?」
姿見に映して襟元をととのえてから振り返ると、亮はまじまじと裕幸を見つめてから、手を叩いた。
「裕幸くんって、すごいね。何着ても似合う」
澄み切ったまなざしにはまぎれもない賞賛が乗せられている。しかし格好いい、とは微塵も思ってはいなさそうだ。
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