SS09買い物(裕幸大学生冬

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「……それは、どうも」  それ以上特に何も望まれてはいないようなので、羽織っていたジャケットを脱いでハンガーに戻す。  その間も亮は熱心にこちらをじっと凝視していた。何となく楽しそうに見えるけど、一体何を考えているんだろう。見とれてくれているならうれしいけど、どうせ亮は裕幸が想像も出来ないようなズレたことを考えているに違いない。  でも、そのくらいでめげるようではこの風変わりな青年相手に八年も片想いを続けてはいられない。  不躾なほどに真っ直ぐに向けられる視線を遮るように、キープしていたズボンを亮に押し付ける。腕の中に現れた布のかたまりを見下ろして、亮は不思議そうに瞬きをした。 「この二つ、どっちともいいと思うんですけど」 「……買えばいいの?」  手渡された商品をロクに見もせず、亮はふらりとレジを向かう。裕幸のセンスを信用してくれるのはうれしいけど、あまりにも本人の意思がなさすぎて動揺する。何を買おうとしているのかすら、把握出来ているのか怪しい。  裕幸は慌てて薄い肩をつかんで引き止めた。 「違います。この二つにまで絞ったので、試着してみてください」  遠くからこちらを伺っている店員に目で合図してから、試着室へ向かう。いつも以上にぼんやりして見える亮にふと不安になり、試着室のドアを開いてから念を押した。 「着たら絶対オレに見せてくださいね? 穿けるかどうかの確認をしているんじゃないです。穿いてみないと分からないシワの入り方とか、シルエットをチェックしたいので」 「分かった」  しっかり頷いて見せた亮はしかし絶対に何も分かっていなさそうだったけど、とにかく言われるがまま試着をしてくれた。黒いズボンをまとい、現れた恋人を見て、裕幸は心の中で喝采をあげた。 「……完璧です」  上から下まで嘗め回すように観察して着こなしを確かめる。 「細すぎず、でもやや細身のシルエットと、素材を活かした黒すぎない黒! これなら亮さんのワードローブを占めるあの意図が分からないぐらい野暮ったい微妙なサイズ感のトップスと合わせても、何とかまとまります!」  本当はやさしげな亮の風貌に良く似合うベージュ系のズボンにしたかったのだが、亮のことだからベージュのボトムの上に、ベージュのアウター類を平気で合わせかねない。  ベージュにベージュを重ねるのはさすがにある程度計算した上でやらないと事故る。当人が全く望んでいないのに必要以上にミステリアスな亮の謎度がさらに上がってしまう。  断腸の思いで黒にしたけど、やっぱり黒もいい。シンプルにエロい。よくやった、と自分を讃えたくなる。  浮かれてはしゃぐ裕幸とは裏腹に、亮は戸惑った声で呟いた。 「意図が分からないぐらい野暮ったい……?」
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