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「あ、それはそれですごくかわいいんですよ。人間界に来て間もない妖精が、見よう見まねで洋服を着ているみたいで」
「ようせい? 君、何言ってるの……?」
テンションが上がりすぎてつい言わなくても良いことまで口走ってしまった。
さすがにドン引きされたかな、と思ったが、社会人のくせにいつまで経っても世慣れる気配もない年上の恋人は、むしろ心配そうな顔をしていた。相変わらずチョロい。
「もう片方は試さなくていいです。これ買いましょう」
動揺している隙に亮を強引に試着室に押し戻してドアを閉めてしまう。しばらく待って、大人しく衣擦れの音が聞こえ始めるのを確かめてから、裕幸はその場を離れた。亮が着替える音なんて聞いていたら、よからぬ妄想が始まってしまう。
何はともあれ、良い服が見つかってよかった。
戦果にほくほくしつつ、何気なく店内をぐるりと見回した裕幸は、レジの前に並べられたセール中のワンピースに釘付けになった。
安い。その上でかい。これはいい。
裕幸の所属している映画研究会では、年に二回映画を撮る。今撮影している作品には女装癖のある男子教師が出てくるのだが、そのワンピースは教師役の衣装にぴったりだと思った。
「いいのあった?」
ワンピースを矯めつ眇めつしていた裕幸に気がついて、着替えを終えた亮が背後から覗き込んできた。振り返って、思いのほか近い位置で目が合ってから、そういえば教師役の友人と亮の背丈が似通っていることに気付いた。
「亮さんって、身長いくつですか?」
「えっと、百七十二くらいだったかな」
確か、彼もそのくらいの高さだったと思う。手に取ったやわらかい素材のワンピースは、腰の辺りにゴムが入っていて、これなら多少ごつめの友人でも着られそうだった。
「ちょっとこれ当ててみてもらっていいですか?」
ワンピースを手渡すと、軽く頷いた亮はハンガーごと肩口に合わせてくれた。
数歩離れてから全体を観察してみる。狙ったとおり、スカートの裾は膝の下くらいの位置にある。細身の亮とややゴツイ友人とでは身体の厚みは全然違うが、丈だけで言えばそう変わることはないだろう。
「ちょうどいいな。ありがとうございます。これも買います」
「そう」
亮からワンピースを受取ってレジへ持っていく。亮は相変わらずもの物珍しそうに周囲を見回しながら、後ろからついてきた。
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