97人が本棚に入れています
本棚に追加
珍しく家族全員が揃った夕食時。
この間のことなど忘れ去ったかのように穏やかな顔をした唯が、そうだ、と華やいだ声を出す。
「お母さん達に報告したいことがあるんだけど」
「あら、なぁに?」
わくわくした顔の母親は、もう何もかもを察しているかのように弾んだ声で聞き返す。父親の方は、居心地悪そうにもぞもぞと椅子に座り直して仏頂面だ。
「あたし、プロポーズされたの」
「ほら、やっぱり」
おっとりと幸せそうに笑った母親が、言ってた通りでしょ、と父親の顔を覗き込めば、覗き込まれた父親の方は苦い顔で、分かった分かったと頷いている。
そんな両親のやりとりを眩しそうに見つめていた唯が、それでね、と少し改まって続けた。
「それで……ちょっと急なんだけど、再来週の日曜日に彼が家に来て、挨拶をしたいって言ってて……」
「あらっ、やだ。美容院の予約取れるかしら」
「何で美容院なんか……」
「だって未来の息子が来てくれるのよ、おめかししないと! 唯が恥ずかしい思いしないように、お父さんもちゃんとしてちょうだいね?」
「……分かった、分かった……。だからそう興奮するな」
「いいじゃないの。おめでたいことなんだから、少しくらいはしゃいだって! ……司は? 日曜日、予定はあるの? 最近いつも日曜日は用事があるって……」
優しい顔の心配声を向けられて、大丈夫だよと返そうとしたのに。
「司は──バイトなんでしょう?」
にっこりと口元だけで笑った唯が、海の底みたいに暗くて冷たい目を向けてくるから、もごもごと口ごもる。
「あら、そうなの? 誰かに代わってもらえないのかしら? せっかくなのに……」
「いいのよ、そんな。……家族になればいつだって会えるんだし」
母親に向けられるのは、いつもと変わらない笑顔だ。
ぎゅっと唇を噛んで文句を飲み込んだら、そうだね、と何でもない顔して笑い返す。
「バイトはたぶん、代わってもらえないと思うから……」
「彼にもそう伝えておくわ」
だから気にしないで、といい子の振りで念を押されて頷くしかなかった。
*****
最初のコメントを投稿しよう!