Act.1 幸せにかかる暗雲

5/6
前へ
/46ページ
次へ
 珍しく家族全員が揃った夕食時。  この間のことなど忘れ去ったかのように穏やかな顔をした()が、そうだ、と華やいだ声を出す。 「お母さん達に報告したいことがあるんだけど」 「あら、なぁに?」  わくわくした顔の母親は、もう何もかもを察しているかのように弾んだ声で聞き返す。父親の方は、居心地悪そうにもぞもぞと椅子に座り直して仏頂面だ。 「あたし、プロポーズされたの」 「ほら、やっぱり」  おっとりと幸せそうに笑った母親が、言ってた通りでしょ、と父親の顔を覗き込めば、覗き込まれた父親の方は苦い顔で、分かった分かったと頷いている。  そんな両親のやりとりを眩しそうに見つめていた唯が、それでね、と少し改まって続けた。 「それで……ちょっと急なんだけど、再来週の日曜日に彼が家に来て、挨拶をしたいって言ってて……」 「あらっ、やだ。美容院の予約取れるかしら」 「何で美容院なんか……」 「だって未来の息子が来てくれるのよ、おめかししないと! 唯が恥ずかしい思いしないように、お父さんもちゃんとしてちょうだいね?」 「……分かった、分かった……。だからそう興奮するな」 「いいじゃないの。おめでたいことなんだから、少しくらいはしゃいだって! ……司は? 日曜日、予定はあるの? 最近いつも日曜日は用事があるって……」  優しい顔の心配声を向けられて、大丈夫だよと返そうとしたのに。 「司は──バイトなんでしょう?」  にっこりと口元だけで笑った唯が、海の底みたいに暗くて冷たい目を向けてくるから、もごもごと口ごもる。 「あら、そうなの? 誰かに代わってもらえないのかしら? せっかくなのに……」 「いいのよ、そんな。……家族になればいつだって会えるんだし」  母親に向けられるのは、いつもと変わらない笑顔だ。  ぎゅっと唇を噛んで文句を飲み込んだら、そうだね、と何でもない顔して笑い返す。 「バイトはたぶん、代わってもらえないと思うから……」 「彼にもそう伝えておくわ」  だから気にしないで、といい子の振りで念を押されて頷くしかなかった。  *****
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加