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「あ、もしもし母さん?」
『どうしたの電話なんて。珍しいわね』
オレだけど、と名乗る前に怪訝な声を出した母親が、何かあったの? と聞いてくる。その声が強ばっているような気がして首を傾げた。
「……どしたの。母さんこそ、なんかあったの?」
『……それが……』
はぁ、と大きすぎる溜め息を吐いた母親が話し始めるより先に
『お兄ちゃんに何言うつもり!?』
陽香の大声が割り込んできて、思わずスマホを耳から離した。
「うるっせー、陽」
思わずぼやいた声は届かなかったらしいが、耳から離したままのスマホからは、穏やかでない喧嘩の声が聞こえていて。
「もしもし? 母さんでも陽でもいいけど、今からそっち帰るから」
『いーよ、お兄ちゃんは帰ってこなくて』
『陽!!』
『お兄ちゃんに説得させようったって、無駄なんだからね!』
『説得とかいう問題じゃないでしょ!!』
こちらを無視したままで続く喧嘩にゲンナリと溜め息を一つ。どうせまたくだらない上にどうでもいいことで喧嘩をしているのだろう。オレが実家にいる頃から、冷蔵庫のプリンを勝手に食べただの、アイスはチョコじゃなくてバニラがいいだの、なんでそんなことで喧嘩が出来るのか分からないことでぎゃあぎゃあ騒いでいたのだ。付き合っていたらキリがない。実家に着く頃には喧嘩も終わっているだろうと、呆れて電話を切った。
司の家族に挨拶に行く前に、実家に一度話をしてみようと思ったのだ。二人で暮らすことになれば、今の家では狭すぎる。引っ越しを見据えての先触れという軽い気持ちで実家へ帰ることにしただけなのに。
「ただいま」
いざ帰り着いた実家のリビングには、睨みあいを続ける母親と陽香が待っていて。多少意外に思いこそすれ、お互いの言い分をひとしきり聞いてやれば仲直りするだろうと軽く考えていたオレの姿を見るなり、──母親が泣き出した。
「っぇぇ!? ちょっ、何!? 何?!」
「泣くなんてサイッテー」
不貞腐れた声で吐き捨てながらも、罰の悪い顔でふぃっと母親から目を反らした陽香は、オレの目も見ようとしない。今回はどうやら陽香が原因らしい。
「お前何したんだよもぉ……」
めんどくさい、とはさすがに口に出さずにそう聞いても、陽香はだんまりを決め込んでいる。
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