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「ねぇ……あたし、結婚したいのよ。一弥はいいやつだし、焦ってる訳じゃないけど胡座かいて逃したくもないの。……一弥に知られたら、……ねぇ、分かるでしょ?」
世間ではどうのこうの言ってるけど、と冷たい声が続ける。
「あんたがホモだなんて知られて、変な顔されたらどうしたらいいの? 嗤われたらどうすればいいの? ねぇ、分かる? あんたにあたしの気持ち、分かる?」
「ぁ……オレ別に……」
ねぇ、と強く揺さぶる唯の手をどうにか外そうと、躍起になったオレの左手を。
ぐい、と掲げた唯が、奇妙なものでも見るような顔で指輪を見つめる。
「ご丁寧にこんなものまで着けちゃって」
「離せってば……っ!」
「ねぇ、どんな気分? 姉の結婚潰すかもしれないのに、ウキウキこんなものまで着けて。……ねぇ、どんな気分なの?」
何かにとりつかれたみたいな顔は、自分がよく知る唯とは似ても似つかない別人のようだった。
自分まで得たいの知れない何かに飲み込まれないように小さく息を吸ったら、震えないように気を付けながら声を振り絞る。
「……別に……悪いことはしてないから」
「──っ、あははっ、何言ってるの? 本気で言ってるの? あんたはあたしが、幸せになれなくてもいいっていうの?」
「そんなこと言ってな──」
「言ってるのと同じよ!! あたしが、どんな気持ちだったと思ってるの!? 結婚報告の場で、一番晴れやかなはずのあたしが、あんたがホモだなんて嗤われて貶められて……!! もう散々よ!」
目尻に光るものを見つけてたじろぐしかないオレを追い詰めに来る声に、本当はこんなこと言いたくないのにと言う気持ちが滲んで透けているような気がするのは、気のせいだろうか。
「邪魔しないでよ! あたしの邪魔しないで……っ」
「姉ちゃん……」
「あんたはいいわよ。それで幸せになれるんでしょう。……でもあたしはなれないかもしれない。お母さん達だって、ご近所さん達から後ろ指指されるかもしれない。……それでも悪いことはしてないだなんて言うつもりなの!?」
「……それは……」
「ねぇ……世の中はそういうこと認める方向だとしても……まだまだ受け入れられる人の方が少ないことは、あんたにだって分かるわよね?」
「──けど……」
ねぇ、と念押しに呟く唯の手をようやく振り払って、虚ろな目を見つめ返す。
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