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 上着無しに出た薄暗い郊外は、意外にまだ、ヒヤリとする季節だった。左腕に巻く黒いバンダナ、彼のトレードマークは、防寒具にはならなさそうだ。  梅雨が近いので、湿気もあるのだろう。こうした気候は、元々いた所と近く、とりあえずツバメは駅前商店街を目指して足を進める。  人間でないツバメには、戸籍がない。そのため、仕事につきにくい。  汐音は違法に入手しているようで、それで今の部屋も借りられたのだが、働く気はゼロらしい。  対してツバメは、働く場所さえ安定すれば、できることなら何でもする気だ。しかしこの日本という国では、不法滞在者として取り締まられる可能性も強くあるらしい。  春からツバメの単身赴任が決まった時には、元々世話になっていた家の娘に、いくつも注意事項を伝えられたものだった。 ――いい? 怪しい人の斡旋する仕事、お酒を飲む仕事、体を売る仕事は、絶対にしちゃ駄目だからね?  汐音は嫁というが、ツバメが養子になっただけだ。それでもツバメを心配し、日本でも換金できるはずという金貨まで、彼女は初期費用に持たせてくれた。 ――アナタはすぐに騙されて、何でもしちゃうヒトだから。誰相手にも、気を許したら駄目よ?  特に強い注意は「体を売るな」というもので、それはツバメの体質をよく理解した忠告でもある。  本当にできたヒトだと、こんな肌寒い夜には、温かな彼女の顔が見たくなった。
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