_破

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 塀のある家が多い道に入ると、汐音がにわかに嘆声をあげた。 「――あれ? これ、キレイ。ツバメのそれと同じ花じゃない?」 「…………」  安っぽい低いフェンスを越えて、道路に一本、枝の突き出た植え込みがあった。  雨にも負けない鮮やかな桃色の花が、いくつも所狭しと小さく咲きほこり、花弁の僅かなグラデーションを透明な水滴が惹きたてている。  駅からもう大分歩き、雨も少し弱まってきた。遠くの山を見ると晴れ間も見えており、彼らはそこで立ち止まった。 「何て花なんだろうね? 駅前でも植えるくらいメジャーなのかな?」  わいわいと道端で騒ぐ彼らを追い抜き、ホスト風の男が、彼らとは違う道に曲がっていく。  男はちらりと彼らを見て、顔をしかめていた。明け方のローカル道にそぐわない学生、しかも類を見ない美青年の汐音を連れる金髪のツバメに、何がしか思うところがあるようだった。 「……正確には木だよ。田植え花って言われることもあるみたいだけど」 「え、何それ。何でツバメ、そんなこと知ってんの?」  突然ぐっと、花の方から振り返った汐音が、彼の顔を間近で覗き込んできた。  これは確かにまずかった。道楽者の生活をしてきて、人間界について無知な山科燕雨が、この時期に田植えがあるとは知るわけもない。  商店街の人に聞いたと、曖昧に笑って咄嗟に答えると、汐音はふーん、と端整な眉間に僅かに皺を寄せていた。  また雨が強くなってきたので、どちらともなく再び歩き始める。  道端にぽつりと顔を出した谷空木が、遠ざかる彼らを静かに見送っていた。
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