_破

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 手洗いを終えた汐音はタライを玄関に立てかけ、布団干しにかけたハンガーに洗濯物を吊るす。洗剤を物置状態のトイレに片付け、ついでに外出用の学生服から白い寝巻に着替え、身軽になったように大きく欠伸をする。  その後、何かに気付いたように、眠るツバメの横を通ってあちこち行き来していた。 「これで良しと……うん、上出来!」  ドアのすぐ前の小さなキッチンで、何やらごそごそと何かをしている。それが終わると、今までタライのあった場所……ツバメの足側の床にちょこんと座り、壁にもたれて膝を抱え、まるでツバメを観察するような体勢をとった。  ここで少し、彼には現状への違和感があった。  けれどどうせ、結末に変わりはないだろう。彼が変えようと思わない限り、時雨を宿すツバメはその内、凶行に出る。  未だにその理由はわからないが、確かに何か、ざわざわとした胸の呻きが起き始めていた。ツバメに潜み、世界を傍観しているだけの時雨には、宿主の揺らぎはダイレクトに感情を侵されるものだ。ツバメが見る悪夢こそ、時雨という亀裂を起こすものに他ならない。  何をいったい、動揺しかかっているのか。汐音も汐音で、睡眠中という無意識の相手に、声をかけるのは危険なことだ。たやすく深層に踏み込む行為は、暴かれた闇の反撃を受けることくらい、人の心に付け入る悪魔ならわかっているだろうに。  外は一旦、雨が止んだのか、汐音が背にするドア側の窓がかすかに明るくなっている。  これから朝日が顔を出すのに、眠りにつこうとしている二人。汐音は何を思ったのか、彼らの間では有り得なかった禁句を、そこで口にした。
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